プロフィール
安里繁信
安里繁信
グループのシンバネットワークを束ねるシンバホールディングス会長。(社)日本青年会議所 会頭、(財)沖縄観光コンベンションビューロー会長などを経て(社)沖縄公共政策研究所を設立。さまざまな活動を通して沖縄の魅力を全国に発信中。好きな食べものはタコライス。

【趣味】マリンレジャー
【血液型】A型
【座右の銘】知行合一
【尊敬する人物】牛尾 治朗
【好きな俳優】藤原 紀香
【好きな食べ物】タコライス、カフェラテ

facebookやTwitter、Instagramもやっておりますので、宜しくお願いします!


[ライター紹介]

幸喜 朝子

またの名をブエコ。沖縄のチキンの丸焼き専門店ブエノチキン浦添2代目にして、広告コピーライター。安里繁信の思考を読み解くべく2008年インタビュー形式のブログ「しげ脳」をスタート。


  渡嘉敷・田中・松田

シンバホールディングス㈱秘書室・広報メンバーによる安里の脳内調査を開始(2021年~新生しげ脳)
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Posted by TI-DA at

2015年01月29日

安里繁信のしげ脳vol.275「風雲児としての生き方(前半)」

安里繁信のしげ脳vol.275「風雲児としての生き方(前半)」


打ち合わせで早稲田大学へ


安里)
風雲児がいなくなったよなぁ。

幸喜)
風雲児といえば安里会長、というイメージですが(笑)

安里)
そうだね、人それぞれイメージがあると思うんですけど
僕自身、二十代から異端児、風雲児、あまのじゃく、
やなわらばー(沖縄方言で悪ガキの意味)…
そんなレッテルを貼られてきた青年期でしたね。
今はこんなに丸くなりましたけど、
最近の若い子達を見てると風雲児とか
異端児っていないなぁと感じるんですよね。
中には可能性を持った子達はいるんだろうけど
僕がまだまだそこに触れてなくて。
そんな方と一日も早く会いたいね。

幸喜)
会長ほど全国を飛び回っていても、いないですか。

安里)
うん。虚勢をはる子はいるんだけどね。
単なる意地っ張りで終わってる印象があるんです。

幸喜)
その違いって何でしょう?
風雲児と、虚勢を張る方の違いって。
同じように大口叩いて態度がでかいような印象ですが…。

安里)
リアリティがあるかどうか、かな。
自分が言ったことを実現してるかどうか。



幸喜)
ああ〜!なるほど。
会長は若かりし頃、周りから風雲児として扱われてたんですか?

安里)
そうだね、僕は昭和一桁代に生まれた
先輩方のアイドルだったんですね。

幸喜)
アイドルですか(笑)

安里)
その時の先輩方の目線から見て僕がどう映ってたのか
聞いてみたいなぁと思ってるんだけど、
「俺の若い頃に似てる」とか言われてましたね。

幸喜)
それで可愛がってくれてたんですね〜。

安里)
うん、当時青年会議所の活動を始めていた頃で、
周りは僕らの世代だと企業の二代目、三代目で
生まれも育ちもいい方が多かった。
そんな中で僕みたいな育ちの悪い若造は目に付くんでしょうね。
社交辞令も言わないし、新鮮だったかもしれないし。
何するにしても良くも悪くも気にかけてもらってました。


幸喜)
そういう行動は計算してたんですか?

安里)
いやいや。“アナ雪”の世界と一緒。
ありのままの自分の姿見せるのよ〜♪ですよ(笑)



幸喜)
もう数十年も前から
ありのままの安里繁信だったんですね(笑)
生意気だと思われるんじゃないかっていう
怖さはなかったんですか?

安里)
僕はなかったかな。でも親父にはいつも
「おまえが会えるような人ではないんだから
話をしてはいけない」とか「もっと社会性を身につけろ」
「発言を慎め」とか、とにかく怒られてたなぁ。

幸喜)
その苦言を右から左に聞き流してたんですか?

安里)
うん、言ってることは分かるんだけど、
でも自分の考えを言いたいわけです。
だから親父に怒られてなかったら
これでいいんだと思って突っ走ってたかもしれない。

幸喜)
お父さまがいいストッパーになって
野放しではなかったわけですね(笑)

安里)
そうそう(笑)
野放しだったらヤバイ生き方してたんでしょうけど、
ある程度の親父からの戒めがあったから、
単なるエゴや感情だけでむやみやたら突っ走ることはなく
今こうしていられるのかもしれないな。
とにかく根底にあったのは反骨心ですね。
歴史には感謝してるけど、
今こうなってるのは
あんた達のせいだろう、という反発心。

幸喜)
これまで何年もお話聞いてきましたが
会長は反骨心で成長してきた印象がありますね。
小さい頃や学生時代はどうだったんですか?
東京に出る前とか。

安里)
東京に出る前は、どちらかと言うと、
目立てばいい、もてればいい、楽しければいい。それだけ。

幸喜)
その時は仲間うちで
安里繁信という地位を確立してたんですか?

安里)
うん…自分で言うのもなんですが僕、もてましたから(笑)

幸喜)
いや、間違いないです(笑)

安里)
だから自分の場所はあったんですよ。

幸喜)
何するにしても注目される立場ではあったんですね。
そういえば修学旅行かなにか、学校行事の写真で
真っ赤なズボンにすごい派手なサングラスしてましたね(笑)
その頃から真ん中にいる存在で、
そのまま大人になったという感じでしょうか。
社会に出る前は戒める大人は近くにいたんですか?

安里)
学生時代や東京にいた頃にはいなかったね〜。
自分の感じるままに行動してた。

幸喜)
それに周りが巻き込まれてたわけですか。

安里)
そうそう。渦を作ることはできた。
それに喜びを感じてたし。

幸喜)
じゃあ今と変わらないですね!
渦を作るコツはいつ頃からつかんだんですか?

安里)
う〜ん…わかんないなぁ。

幸喜)
考えてできたものではないんですねぇ。

安里)
そういう星の下なんでしょうね。
常に何かに帰属することに対する抵抗感は持っています。
組織とか団体とかの、
そのままを自分が上からなぞることに対する
抵抗感は今もあるし。

僕の中に常にあるものは、
アンチテーゼなんですよ。
それを打ち立てないと
自分の居場所を作れないんです。
ある意味、反社会的かもしれない。



幸喜)
だからこそ変えていけることが多いんでしょうね。

安里)
そうじゃないと僕がやる理由がないんですよ。
体制になびくこと自体が僕の生き方ではないんですよね。
それを正せって言われたらたぶん生きられないと思う。
今のままで良いってことが苦痛で。
歴史はちゃんと学びたいと思うし、感謝はしてるんだよ。
ただ、より良くするために道を作りたいんですよね。

幸喜)
そういう反骨心のある後輩はなかなかいないんですね。

安里)
うん、そういう方に触れるとドキドキするかもしれないけど
限られたチャンネルの中でしか出会いがないから
まだ見つけられてないですね。探したいね。

(後半に続く)

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Posted by 安里繁信 at 17:53Comments(0)

2015年01月20日

安里繁信のしげ脳vol.274「さまざまな分野を串刺しできる存在に」

安里繁信のしげ脳vol.274「さまざまな分野を串刺しできる存在に」

安里)
最近、沖縄のファッションシーンとかナイトシーンとか、
今まで行かなかったようなイベントやパーティーに
呼んでいただくことが多くてちょこちょこ顔を出してるんです。

幸喜)
若者のイベントにもよく行かれてますよね。

安里)
異業種交流会とかクラブイベントとか
パーティーとか、テーマはいろいろなんですが
なんか…
同じ現象だな〜と
冷静に見られるようになってきたんですね。



幸喜)
何と何が、同じ現象なんですか?

安里)
例えば、新年には経済界でいろんな新年会があるわけです。
Aという団体からZという団体まで様々あって
それぞれ新年会を開いてるんですが、
主催者が違うだけで参加してる人は一緒だったりするんだな。

幸喜)
えーっ!そうなんですか!

安里)
そう。だから会場が違っても同じ顔ぶれだったりして、
同じ知人に1日10回ぐらい会ったりするわけです。
会場を移動しても「また会ったね!」と。

幸喜)
なるほど。

安里)
僕が見て来た中で、そういう光景が一つあって。

幸喜)
それは会長のこれまでの経済会や政界でのことですね。

安里)
うん。政治の青年部って言っても、毎年同じ顔ぶれだったりして。
あれっ、あなた10年前から青年部じゃなかったっけ?って(笑)
それだと広がらないんだよ。
一方で、最近になって顔を出すようになった
イベントやパーティーでも
同じ顔ぶれが並んでるんですね。

幸喜)
ははあ。確かに。

安里)
日を変えて場所を変えて、内容も違うんですが、
どのイベントも毎回、同じ顔ぶれで。
これじゃ広がらないなと感じているんです。

幸喜)
それは私も感じますね。
あまり参加していませんが、
知り合い同士で盛り上がってる印象のイベントはありますね。
消費がそこでしか回っていないような。

安里)
そうなんだよね。
だからもう一声なにか、
それぞれ工夫が必要なんじゃないかな。
コミュニティがあること自体は大事ですけど、
多くの共感者がそこに入っていけるようにしないと
活動は広がらないわけでしょ。
だから、海関係の集まりだと同じ人、音楽業界だと同じ人、
政治関係だといつも同じ人…
それをね、もう一工夫する策がないかなぁと考えているところです。

幸喜)
会長以外の方もそれを課題だと思ってるんでしょうか?

安里)
いや…分かんない。
もしかすると自分たちで気付かないうちに
外から見ると入りにくい環境を作ってるかもしれないですね。
だから僕は、タイミングがあえば
いろんな場に足を運ぶようにしてるんですよね。
あれっ、安里さんが来てる!って言われるように。
それを見た人が「俺が行ってもいいんだ」
って思える空気ができればいいなと思ってね。

幸喜)
そこから広がる何かがありそうですね。

安里)
うん。僕が関わってる
それぞれの分野の相容れない渦を
つなぐことができれば
面白い作用が起きる気がしない?



幸喜)
経済界とファッション界とか、全く相容れない分野なのに
会長はそれぞれ行き来してますもんね。

安里)
一箇所にいると見えないんです。
別の業界に顔を出し始めて、
気付いたんですね。



幸喜)
こっちもそっちも、それぞれで固まってるんだと気付いたから、
だったらそれぞれの分野の人たちを混ぜちゃえ!と(笑)

安里)
うん、混ぜちゃえ!ができたらいいよね。

幸喜)
会長は毎年そういう会に参加されて
新しい発見はあるんですか?

会長)
う〜ん。。毎年同じような挨拶をして、
毎回同じような意見交換をして、
毎回、楽しく、事を得てるんですね。

幸喜)
楽しく、というか、無難に、なんですね(笑)
それがそれでいい場でもあるんでしょうけどね。

安里)
だから、あえて違う刺激を求めに行きつつ
全体が融合するような何かを作れたらな〜と感じてます。
各分野を串刺しできる存在になれるといいよね。

幸喜)
会長だからこそできることかもしれませんね。

安里)
でも、結構おじさんになってきたからなぁ。

幸喜)
夜のパーティーに行くのが辛くなってきますね。

安里)
いや…がんばります(笑)



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Posted by 安里繁信 at 13:30Comments(0)しげ脳(対談形式)

2015年01月08日

安里繁信のしげ脳vol.273「2015年は島マス記念塾の講師をさせていただきます」

安里繁信のしげ脳vol.273「2015年は島マス記念塾の講師をさせていただきます」




安里)
明けましておめでとうございます!
今年もあっという間に1週間が経ちましたが、
皆様ますます活躍されることを願いつつ…
早速、今年の動きを報告いたします!

幸喜)
さっそくですね!明けましておめでとうございます!

安里)
今年は「島マス記念塾」という塾で
4月から講師をさせていただくことになりました。


幸喜)
島マス記念塾…どういった塾なんですか?

安里)
終戦当時のコザに島マスさんという女性がおられて、
沖縄の福祉の母と言われる方なんだって。
「基地の町の福祉に生きて」と本にも書かれてるように、
戦争未亡人の方の授産事業や、
戦争孤児の方が暮らせる児童保護所、そして
女子ホームを開設し育成に努力されてたそうなんですよ。
僕も勉強不足で知らなかったんですが、
こんな凄い方が沖縄におられたんですよ。

幸喜)
へぇ〜私も初めて名前を聞きました。
その教えを伝えるのが、島マス記念塾というわけですね。

安里)
うん、島マス記念塾は20年以上も続いてるんですね。
福祉の心を育む大切さとか、みんなでこの町をよくしていこうよっていう
利他の精神を育む機会として今も継続してやっておられるらしい。


島マス塾についてはこちら:http://www.okicityshakyo.com/shimamasu/


幸喜)
島マスさん、素晴らしい方ですね。

安里)
うん。もともと学校の先生なんですが、
中部地区社会福祉協議会の事務局長や
県更正保護婦人会の初代会長をされている。
彼女の自伝で特に印象的だったのが、

当時は売春が問題になってたんだけど
風俗をなくそうっていうだけじゃなくて
そういう仕事に従事されてる方は
子どもにご飯食べさせなきゃいけない、
仕事を選んでる余裕がない。
だから彼女たちの職を探してあげることが
先なんじゃないかってことを唱えて
篤志家とか在留米婦人に寄付金を募ってね
それを元に編み機を購入して転職を勧めたり、
就職先の斡旋を含めて活動されてたそうです。


戦後皆が大変ななか、高い志がない限り
なかなかできることじゃないよね。


幸喜)
おっしゃるとおりですね!
きっと当時は女性が前に出て活躍する時代ではないでしょうし、
素晴らしい活動ですね。

安里)
うん。僕が感動したのが、かつて女子ホームで生活してた女性が
島マス先生に宛てた手紙。
島マスさんが生活面でも精神面でも、
女性たちの大きな救いになったことが伝わってきてね…
思わず涙がこぼれました。
この記事の最後に載せておくので、ぜひ読んでみてください。

幸喜)
これは感動しますね。
今でも島マス記念塾が続いていることもうなずけます。

安里)
後世になって生き方がここまで評価されるって
よっぽど素晴らしい方だと思うんだよね。
そんな大人に僕らもなりたいし、
そんな大人を目指す学舎があること自体が素敵だなと思ってね。
だから僕も彼女の生き方を学ばせていただけたらと思って
講師を引き受けさせていただきました。
毎年、30〜40名ぐらい生徒さんがいるらしいよ。

幸喜)
今回はどういったことをお伝えする予定ですか?
今までやってきたセミナーや講演とは違った切り口になりそうですよね。

安里)
受講生は社会人が多いそうなので
地域の魅力とかを伝えてほしいってことでした。
他にも講師の方がいて、
それぞれの得意分野を切り口に講義をします。
僕は観光と経済とかですが、
総じて、いい町にしていこうよってとこに帰着するんですけどね。

幸喜)
町、という観点なんですね。

安里)
はい。町作りのための人づくり。

幸喜)
確かに、人あっての町ですもんね。
こうして聞いた話って、即効性というより
あとからじわじわ響いてきますよね。
今、話を聞かれた方が5年後10年後、
なにか思い立って始めてたりするといいですよね。

安里)
そう思います。

幸喜)
いつから始まるんですか?

安里)
4月からです。まだ入塾も受け付けてるようなので
問い合わせてみてください。
ぜひ多くの方に参加していただけたらと思います。

あと、僕自身もね、
沖縄公共政策研究所で
塾を開こうと思っています。



幸喜)
うわぁ!ついに!
前々から人材育成の塾をやるっておっしゃってましたよね!

安里)
そろそろ本腰入れてやらないといけないな、
と思っている今日この頃ですので。

幸喜)
開催地は沖縄ですか?

安里)
沖縄でやりたいね。

幸喜)
入塾のテストはあるんですか?
私には入れなさそう(汗)

安里)
それはどんな方に向けて
どんなプログラムを組むかで違ってきます。
一部のエリートを育成していくのか、
全体のスキルを上げたいのかで
名目は違ってきますから…
まだこれから勘案していきたいと思います。
来年度からスタート予定ですので
よろしくお願いいたします。

幸喜)
名前はやっぱり「安里塾」ですか?

安里)
風雲児を育てる風雲塾、とかね!
いろいろ考えてみますので、
またブログやホームページでお知らせいたします。

幸喜)
よろしくお願いいたします!

====================================

(引用)

以下に引用するのは、かつて女子ホームで生活された
「子」が島マス先生の琉球新報賞受賞(1979年)に際して
マス先生に匿名で同紙に宛てた投書だそうです。
涙が出るほど感動するので、是非読んで頂ければと思います:

「お母さんどうぞご無理なさらずにいつまでも元気でいて下さい。
もっともっと長生きして人道を踏みはずした子供たちのために、
変わらぬ愛の言葉で育んでやって下さい。
私は何もお役に立つことはできませんが、陰ながら声援しています。
女子ホームを出てから20年余になります。
私はこれからもまじめな心で生きていくようがんばります。ご安心ださい。


お母さん あなたの尊い心が
きらきら輝いています
愛と夢をもぎとられ
悪の吹き溜まりへと
引きずられたあわれな幼魂に
心のぬくもりと人の道を開いて
やさしくさとしてくれたあなた

お母さん あなたの成す業が
きらきら輝いています
己の生活をも捨て
日夜地獄の底をさまよう幼魂に
限りない愛と生きる喜びを
さとした寛大なあなた

おお母よ あなたのはぐくむ果てなき愛は
あわれ傷心のさとりを知らぬ幼稚な者らに
博愛の心を開き安らぎを与え
悪を成す業を心から憎み
正道を愛した勇気あるあなた

おお母よ あなたの愛は
新しい愛の息吹を注ぎ
見事に芽生えました
おお母よ あなたの愛は尊く
その業は偉大でした
お母さん 心の愛をありがとう」

この詩の作者がおかれた状況を察するに、どれだけ救われたの
だろうと思うのと同時に、島マス先生の偉業、ご功績に感銘し、
その精神が広く伝わることを願っています。


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Posted by 安里繁信 at 12:32Comments(1)しげ脳(対談形式)