2017年12月21日
安里繁信のしげ脳vol.339「貧困に対してできること」
安里繁信のしげ脳vol.339「貧困に対してできること」

琉球新報に寄せた文章
幸喜)
今日は会長に意見を聞きたいことがあるんです。
安里)
なんでしょう。
幸喜)
会長の周りに、貧困家庭のお子さんっていますか?
私は今まで子供と触れ合うことがなかったので
貧困の子供なんて本当に沖縄にいるのかな?と疑問だったんです。
でも、最近お友達になった小学生の子が
たまに週末に会うとお昼ご飯が親に渡された300円しかなくて
コンビニのおにぎりとポテトフライを買って食べていたり
揚げ物の弁当ばかり食べていたりして、栄養面を心配してたんです。
でもシングルマザーで兄弟も何人かいて
母親は週末も働いてるようなので
しょうがないんだろうな、
お母さん頑張ってるんだはずな、と思っていたら
先日「今日はお昼ご飯ない」と言ってて。
お昼代をもらえなかったみたいなんですね。
それにすごくびっくりして。
きっとお腹空いてるはずなのに
「食べなくて大丈夫」って言ってるのが可哀想で、
ほっとけないので私の仕事の手伝いをさせて
バイト代の代わりに私の弁当を分けあって食べたんですが・・・
これが貧困なのかな、と。
それと同時に、自分が何をしてあげられるのか考えてしまいました。
日々のご飯やお金をあげるわけにもいかないので、
「ちゃんと勉強して賢くなって大人になったら稼ぐんだぞ」と
教えるぐらいしかできないな、と思ったんですが
会長もそういう場面に出くわすことありますか?
安里)
僕のところにもいろんな方が相談に来るから、
中にはそういう内容もありますが
改めて思うのは「貧困の連鎖」。
前にも話したかもしれませんが、
戦後、日本には戦争未亡人も戦争孤児もたくさんいて
日本本土ではその方々に手当を出してきたんです。
ところが沖縄は米軍の統治下に置かれたでしょう。
だから沖縄の未亡人や孤児たちは
放置されてきたんです。
復帰するまでの27年間も。
もちろん民間でのサポートの動きはあったでしょうが、
国の戦略的にはされてなかった。
その時に愛情や教育を受けなかった故の貧困の連鎖というのが、
今の沖縄の貧困家庭の根っこにあるんじゃないか、
という定義をする先生がいらして。
もちろん全ての家庭ではないにせよ
ゼロではないと思うんですね。
幸喜)
そういう歴史的な背景もあるんですね。
戦後70年も経つのに解決できていない。

沖縄タイムスに寄せた文章
安里)
なんでかって言うと、
昔はそういう貧困の問題が見えにくかった。
みんな一様に貧しかったということもありますし、
昔は「武士は食わねど高楊枝」という言葉もあるように
貧しくても保護を受けるなんて
かっこ悪い、という美意識もあった。
でも今は生活保護を受けることも
権利として認識されてきているから
生活が苦しい方々も堂々とそう言えるようになってきた。
怪我や病気で働けない方とか、
恥ずかしくて保護をもらいに行くことが
躊躇されていた時代よりも、
本当に苦しんでいる方々の生活が
当たり前のこととして保護されることは
とてもいいことだと思います。
ただ、その間にいる子供達が
自分の置かれている状況をどう感じているのか。
特に不正受給の問題も指摘されていますが、
そういった場合を含めて
子供達の置かれた状況や彼らがどう感じているのか、
強く意識して考えるようにしています。
靴も買えない、制服も買えない子供がいるという話も聞くし
朝子の友達の子みたいなお腹すかせている子もいる。
僕らはますますその流れから目を背けられない。
幸喜)
私が感じるのは、親以外の大人の姿も見て
目標を見つけて欲しいということです。
貧困という環境を自ら脱する努力をしてほしい。
だからこそ、地域みんなで子どもと関わる大切さを感じます。
安里)
だけどコミュニティが崩壊してる時代でしょう、
隣の家の子が何してるのか関心を持たない時代になってて
その見えないところで育児放棄があったりする。
でもこの子供達が未来を作るわけですから、
政府が保育料の無料化への取り組みを検討したり
子供食堂を作ったりしてるけど、
国や企業が何をしてくれるのか
期待するだけではダメですよね。
僕ら自身、この課題を永遠に意識しながら、
気にかけながら、向き合いながら
生きていかなければいけないんじゃないかな、と感じる。
幸喜)
意識するだけでも見えるものが違ってくるということですね。
安里)
うん。間違いなく言えることは、
その子達が未来を作っていくということ。
だからね、2000年の前半だったと思うんですが、
教育の地域格差を生むきっかけがあったんです。
幸喜)
というと?
安里)
これまで義務教育は憲法にうたわれているとおり、
国策として文科省が決めた予算があったんです。
それが三位一体改革の中で一般財源に
組み込んでいいということになったんです。
つまり、各自治体の裁量の中で予算を決めていいということ。
幸喜)
ああ、それだと地域間の格差が生まれますね。
安里)
そうなんです。教育格差を生んでしまった。
この制度は今も変わっていない。
だからこれまでは義務教育に使う予算として
目的が明確だったのに、
各自治体に権限を下すことで
効率化が図られて学校の統廃合が進んだりして
先生の負担も大きくなっていった。
そうして先生の四人に1人は
メンタルをやられていると言うでしょう。
幸喜)
周りでも聞きますね、
鬱や精神疾患でもう何年も休んでいるという先生の話。
安里)
その状況では
教育現場をどうしていきたいのか、
我が国はどんな人を育てていきたいのか、
見えないよね。その課題も横たわっている。
幸喜)
貧困と一言で言っても複雑ですね。
安里)
そうやって地域間格差が生まれてしまったが故に
教育にお金がかかるようになった現実があって
それは学力格差が所得格差に
つながってしまう可能性もありますよね。
幸喜)
本当にそれは感じます。お金のあるお家だと
どんどん勉強の機会を与えるし、
そうじゃないお家では勉強するノートも
節約のために必要以上に使うなと叱ったりする。
格差は広がるばかりだなと感じます。
そうやっていろいろ考えを巡らせていると、
結局その子自身の生きる力というか、
なにくそと環境をバネに奮起することを
期待するしかないのかな、と思ってしまうんですよね。
安里)
そうだね。
だから僕らが見たもの触れたもの、
特にあなたとその子は出会ったわけですから
限界はあるけど、ちょっと意識して
できることをやってあげたらいいと思います。
幸喜)
そうですね、親とは違う生き方もあって、
それは自分で選べるんだと知ってほしいですし、
そういう子が私と出会ったことで
深夜徘徊の末にヤンキーになる、
という道を選ばずにすめばいいなと。
会長みたいにヤンキーから更生するとは限りませんからね(笑)
安里)
おい(笑)
とにかくね、そういうことを、
伝える立場の人間として常に発信し続ける。
そうやって出会った子たちに無理せずに
向き合えればいいんじゃないでしょうか。





琉球新報に寄せた文章
幸喜)
今日は会長に意見を聞きたいことがあるんです。
安里)
なんでしょう。
幸喜)
会長の周りに、貧困家庭のお子さんっていますか?
私は今まで子供と触れ合うことがなかったので
貧困の子供なんて本当に沖縄にいるのかな?と疑問だったんです。
でも、最近お友達になった小学生の子が
たまに週末に会うとお昼ご飯が親に渡された300円しかなくて
コンビニのおにぎりとポテトフライを買って食べていたり
揚げ物の弁当ばかり食べていたりして、栄養面を心配してたんです。
でもシングルマザーで兄弟も何人かいて
母親は週末も働いてるようなので
しょうがないんだろうな、
お母さん頑張ってるんだはずな、と思っていたら
先日「今日はお昼ご飯ない」と言ってて。
お昼代をもらえなかったみたいなんですね。
それにすごくびっくりして。
きっとお腹空いてるはずなのに
「食べなくて大丈夫」って言ってるのが可哀想で、
ほっとけないので私の仕事の手伝いをさせて
バイト代の代わりに私の弁当を分けあって食べたんですが・・・
これが貧困なのかな、と。
それと同時に、自分が何をしてあげられるのか考えてしまいました。
日々のご飯やお金をあげるわけにもいかないので、
「ちゃんと勉強して賢くなって大人になったら稼ぐんだぞ」と
教えるぐらいしかできないな、と思ったんですが
会長もそういう場面に出くわすことありますか?
安里)
僕のところにもいろんな方が相談に来るから、
中にはそういう内容もありますが
改めて思うのは「貧困の連鎖」。
前にも話したかもしれませんが、
戦後、日本には戦争未亡人も戦争孤児もたくさんいて
日本本土ではその方々に手当を出してきたんです。
ところが沖縄は米軍の統治下に置かれたでしょう。
だから沖縄の未亡人や孤児たちは
放置されてきたんです。
復帰するまでの27年間も。
もちろん民間でのサポートの動きはあったでしょうが、
国の戦略的にはされてなかった。
その時に愛情や教育を受けなかった故の貧困の連鎖というのが、
今の沖縄の貧困家庭の根っこにあるんじゃないか、
という定義をする先生がいらして。
もちろん全ての家庭ではないにせよ
ゼロではないと思うんですね。
幸喜)
そういう歴史的な背景もあるんですね。
戦後70年も経つのに解決できていない。

沖縄タイムスに寄せた文章
安里)
なんでかって言うと、
昔はそういう貧困の問題が見えにくかった。
みんな一様に貧しかったということもありますし、
昔は「武士は食わねど高楊枝」という言葉もあるように
貧しくても保護を受けるなんて
かっこ悪い、という美意識もあった。
でも今は生活保護を受けることも
権利として認識されてきているから
生活が苦しい方々も堂々とそう言えるようになってきた。
怪我や病気で働けない方とか、
恥ずかしくて保護をもらいに行くことが
躊躇されていた時代よりも、
本当に苦しんでいる方々の生活が
当たり前のこととして保護されることは
とてもいいことだと思います。
ただ、その間にいる子供達が
自分の置かれている状況をどう感じているのか。
特に不正受給の問題も指摘されていますが、
そういった場合を含めて
子供達の置かれた状況や彼らがどう感じているのか、
強く意識して考えるようにしています。
靴も買えない、制服も買えない子供がいるという話も聞くし
朝子の友達の子みたいなお腹すかせている子もいる。
僕らはますますその流れから目を背けられない。
幸喜)
私が感じるのは、親以外の大人の姿も見て
目標を見つけて欲しいということです。
貧困という環境を自ら脱する努力をしてほしい。
だからこそ、地域みんなで子どもと関わる大切さを感じます。
安里)
だけどコミュニティが崩壊してる時代でしょう、
隣の家の子が何してるのか関心を持たない時代になってて
その見えないところで育児放棄があったりする。
でもこの子供達が未来を作るわけですから、
政府が保育料の無料化への取り組みを検討したり
子供食堂を作ったりしてるけど、
国や企業が何をしてくれるのか
期待するだけではダメですよね。
僕ら自身、この課題を永遠に意識しながら、
気にかけながら、向き合いながら
生きていかなければいけないんじゃないかな、と感じる。
幸喜)
意識するだけでも見えるものが違ってくるということですね。
安里)
うん。間違いなく言えることは、
その子達が未来を作っていくということ。
だからね、2000年の前半だったと思うんですが、
教育の地域格差を生むきっかけがあったんです。
幸喜)
というと?
安里)
これまで義務教育は憲法にうたわれているとおり、
国策として文科省が決めた予算があったんです。
それが三位一体改革の中で一般財源に
組み込んでいいということになったんです。
つまり、各自治体の裁量の中で予算を決めていいということ。
幸喜)
ああ、それだと地域間の格差が生まれますね。
安里)
そうなんです。教育格差を生んでしまった。
この制度は今も変わっていない。
だからこれまでは義務教育に使う予算として
目的が明確だったのに、
各自治体に権限を下すことで
効率化が図られて学校の統廃合が進んだりして
先生の負担も大きくなっていった。
そうして先生の四人に1人は
メンタルをやられていると言うでしょう。
幸喜)
周りでも聞きますね、
鬱や精神疾患でもう何年も休んでいるという先生の話。
安里)
その状況では
教育現場をどうしていきたいのか、
我が国はどんな人を育てていきたいのか、
見えないよね。その課題も横たわっている。
幸喜)
貧困と一言で言っても複雑ですね。
安里)
そうやって地域間格差が生まれてしまったが故に
教育にお金がかかるようになった現実があって
それは学力格差が所得格差に
つながってしまう可能性もありますよね。
幸喜)
本当にそれは感じます。お金のあるお家だと
どんどん勉強の機会を与えるし、
そうじゃないお家では勉強するノートも
節約のために必要以上に使うなと叱ったりする。
格差は広がるばかりだなと感じます。
そうやっていろいろ考えを巡らせていると、
結局その子自身の生きる力というか、
なにくそと環境をバネに奮起することを
期待するしかないのかな、と思ってしまうんですよね。
安里)
そうだね。
だから僕らが見たもの触れたもの、
特にあなたとその子は出会ったわけですから
限界はあるけど、ちょっと意識して
できることをやってあげたらいいと思います。
幸喜)
そうですね、親とは違う生き方もあって、
それは自分で選べるんだと知ってほしいですし、
そういう子が私と出会ったことで
深夜徘徊の末にヤンキーになる、
という道を選ばずにすめばいいなと。
会長みたいにヤンキーから更生するとは限りませんからね(笑)
安里)
おい(笑)
とにかくね、そういうことを、
伝える立場の人間として常に発信し続ける。
そうやって出会った子たちに無理せずに
向き合えればいいんじゃないでしょうか。




Posted by 安里繁信 at 21:50│Comments(0)
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