2017年09月29日
安里繁信のしげ脳vol.336「30代後継者座談会~その3~」
安里繁信のしげ脳vol.336「30代後継者座談会~その3~」

「上間弁当天ぷら店」「兼城自動車」「SUNSET FARM IKEHARA」をそれぞれ営む
上間喜壽さん、兼城力也さん、池原公平さんを迎えての座談会、第二弾!
3名の30代ウチナーンチュ後継者とともに、
同じく後継として家業を成長させてきた安里繁信が
それぞれの苦労話や取り組みについて語り合います。
「30代後継者座談会~その1~」はこちら
http://shigenou.ti-da.net/e9732647.html
「30代後継者座談会~その2~」はこちら
http://shigenou.ti-da.net/e9789931.html
●上間弁当天ぷら店webサイト https://uemabento.com/
●兼城自動車webサイト http://kaneshirojidousha.com/
●SUNSET FARM OKINAWA webサイト http://sunsetfarmokinawa.click/
幸喜)
みなさんが具体的にしてきたことを伺いたいのですが、
兼城さんは結構な額の借金がありましたよね。
すごく大変なスタートですが
どういう風に経営を変えていったんですか?
兼城)
例えば工場長に自分の部門の損益を計算をしてもらいました。
電卓をたたいて固定費出してもらって、
まずここまで売上立てないとしょうがないよねという話をしたんです。
幸喜)
えっ、それは兼城さんが入るまで計算されてなかったんですか?!
兼城)
はい、してなかったですよ!
うちの会長も現場でずっと作業してたので
経理がちゃんとしてなかったんです。
だから僕がしたのはそこからですね。
工場長もほっとくと現場作業に没頭してしまうので
僕が一緒に席に座って
強制的に経理の時間を作って徹底しましたね。

幸喜)
自分で数字を把握させて、
そこからいくら利益が出せるかを考えてもらったんですね。
報酬もわかりやすく設定したんですか?
兼城)
もちろん、計画を立てる中でちゃんと出してます。
うちはまず給料を14か月で計算して、
2か月分に賞与を組み込んだんです。
それを12か月で割れば
賞与をもらうには月にいくら
稼げばいいか把握できますよね。
幸喜)
なるほど!
やっぱりそれで各自の意識って変わりますか?
兼城)
全然違います。
その月の20日で後150万円足りない時もあれば
20日で損益分岐点を超えてることもありますが
それを分かりながら運営するのと
分からずに運営するのとでは全然違いますよね。
それをちゃんと把握して、できるだけ早い段階で
月ごとの売り上げを達成して
賞与に積み上げていけるようにしようと話しましたね。
幸喜)
わかりやすいですね!
気になる借金は返せたんですか?
兼城)
ほぼほぼ、返済を終えましたね。
幸喜)
すごい!ちなみに額は、、、。
兼城)
2億4千万です(笑)
幸喜)
池原さんは「農業という仕事に誇りを持たせる」ために
頑張ったという話をしてましたが、
具体的にはどういう活動をしたんですか?
安里会長もすごく以前から
「社員が子供に自慢できる会社にしたい」と常々おっしゃっていました。
池原さんもそういう風に、想いを伝え続けたのかな、と。
池原)
そうですね、僕が農業をスタートさせたのが11年前で
全員現場で汗水流して働いてて
それはもちろんいいことだなと思うんです。
ただ、失礼なことですが先輩方の中に
僕がこうなりたいという方や
尊敬できる方があまりいなくて。
例えば休憩所の机にはパチンコ雑誌が並んでて
休憩時間には携帯電話でゲームしてたり、
タバコの吸い殻を畑に捨ててたりして
それがすごく寂しかったんです。
僕は農業もかっこいいし面白いと思うし
みんなにもそう思って欲しかったので・・・
最初からどういう作業着にするかとか考えたり
僕より後輩には農業がいかに楽しいか伝えることを意識してましたね。
幸喜)
そういう方も意識は変わったんですか?
池原)
独立していったので今はどう思ってるか分かりませんが
今はおかげさまで僕の考えを理解してくれる後輩が入ってきてますね。
農業は個人でやってる方が多くて
法人としてやってるところは少ないですが、
全国的に徐々に増えてきてるので
本当に面白い分野だと思います。
幸喜)
関東なんかにはオシャレに農業やってるところありますよね。
池原)
ちなみに僕から質問なんですが、
安里さんの一番のピンチを
教えて欲しいです!
安里)
そうだなぁ、今でも思い出して
冷や汗が出るのは2008年。
年商60億円の県内大手問屋さんを
引き取ることになったんです。
水面下の交渉を続けて、
保証の差し替えも株の移動も終わって、
人も送り込んで再生して1か月ぐらい経った時に
その会社が沖縄での代理店的なFC契約を供給元から解除され、
供給元である本体が直接沖縄に進出することになった。
そうなると僕らが引き取った
沖縄法人の抱える売上と負債と人件費のうち、
負債と人件費だけが残ってしまう。
ましてや売り掛けも残ってる。
これを聞いた時は背中が凍りついた。
連鎖倒産、っていう言葉まで
頭をよぎりましたね。
一同)うわー・・・。
上間)
背筋凍りますね。
安里)
僕は東京にいたんですが翌日すぐ沖縄に戻って
その会社の旧オーナーさんたちから報告を受けて。
内心は冷や汗タラタラしながらも冷静な振りして
対策を話し合って。
結果、登記を戻したり従業員への対応とか、
2日で手を打ちましたね。
幸い、旧オーナーさん達が
僕らに迷惑をかけたくないと言ってくださったので
痛手を負うことなく終わらせることができました。
池原)
誠実な対応をしてもらえたんですね。
それにしても100億円規模ですよね・・・恐ろしいです。
安里)
社員が動揺しないように
うちの社内にもあまり話さなかったですね。
僕が動揺してたから(笑)
幸喜)
会長が動揺した話は初めて聞きました!
安里)
1か月のうちでこんなことが起きるんだから、
いつ何があるか分からないよなぁ!
外資なんて、僕の人生に出てくる予定なかったよ(笑)

安里氏がトラック運転手だった頃の写真

池原)
やっぱり長く経営してると
ピンチは他にもありましたか?
安里)
僕の場合は比較的早く社長職を引いたので、
それ以外に大きな危機はなかったね。
これは性格ですが、ある程度会社が軌道に乗ったら
あとは興味ないんだよね。
幸喜)
会長は難局を切り開いていくタイプですもんね、
会長の手を離れたということは安定経営ということでしょうか(笑)
上間)
ずばりお聞きしたいんですが、
安里さんこの後なにをされるんですか?
いろんなところに顔を出されていますから、
政治をやるのかなぁと思って見ているのですが。
安里)
僕!?なんで僕が政治やるの(笑)
池原)
そういうわけではないんですね~。
今やられている具体的な活動はなんですか?
安里)
うーん、なんなのか考えながら活動してる(笑)
兼城)
動いてはいるけど定義はできていないという感じですか?
安里)
定義は決まってるんだよ、
「僕でならなければならない理由が存在するか」
そこに理由があれば業種業界問わず行きますね。
観光を含め経済政策にもコミットするし。
世の中に影響力のある存在にならなければ
世の中は変えられないし
インパクトの小さい企業でも変えられない。
社会を変えたいと思うなら
より存在感と影響力を身につけなきゃいけない。
だから強いて言うなら今やっていることは
その位置に自分が立てるか、にチャレンジしてる。
幸喜)
具体的に「これをしてから影響力が増したな!」と感じた経験はありますか?
安里)
えっとね、28歳で宣伝を立ち上げた頃が
ちょうど太田県政から稲嶺県政に変わる時だったんですが
僕は稲嶺側の青年部長だったんです。
そこで、稲嶺県政にしないと沖縄の経済は持たないぞ、
と商工会とかを回って説得したり仲間を作ったりしてたんです。
幸喜)
それはどういった理由から応援してたんですか?
安里)
うちの親父が一番最初に企業と契約したのが
琉石冷蔵(現りゅうせき低温流通)だったからね。
幸喜)
なるほど、そこで選挙というものを近くで見たんですね。
池原)
最初に関わったのが市町村とかじゃなくて
県知事選ということですよね。
それもまたすごいです。
安里)
ビジネスでもなんでもそうですが、
自分じゃなきゃやれないことじゃなければ
意味がないと思ってて。
この選挙の応援も求められて
応じる意味があると確信したから
関わらせていただきました。
そうじゃなきゃ家に帰って
子供と遊んだほうがいいですからね。
池原)
ということは、逆に言うと必要を感じるタイミングがあれば
ご自身が政治にチャレンジするということですか。
安里)
そうですね、誰かの代わりではやりたくないですね。
とにかく、社会や業界に
コミットしていこうと思ったら
自ら政治・経済・社会の活動に
飛び込んでいくことが必要。
例えば孫正義さんも政治にコミットしているよね。
松下幸之助もそうです。政経塾を作ったでしょう。
上間)
政治の枠組みの外で何か言っても体制を変えられないということですね。
最近そういうことを少し感じます。
幸喜)
上間さんとこぐらいの売上になると感じられるようになるんですね!
上間)
いやいや(笑)
ここからどこに舵を切ろうかと考えた時に
どこを向いてもその壁があるというか。
だから腹を決めて政治の中にも
入っていかないといけないのかなと
感じていました。
安里)
そうですね、商売をするにしても目の前の損得よりも
政治力を持つ方がある意味、近道だったりするわけです。
入ってくる情報量も違ってくるでしょうし。
決して「政商」的な、癒着のような意味ではないですよ(笑)。
上間)
なるほど、
先日、とある社長の会合に誘っていただいたんですが
参加されてるほとんどが60代以上の経営者の方で
そこには政治家の方も参加しててつがなっていて。
そういう社会があるんだと肌で感じたんですが、
僕らみたいな若い世代が
沖縄でどんどんパイを広げていきたいと思った時に
いずれそことぶつかるのか、
もしくはぶつからないように
やっていくことを考えないといけないのか、
そこが今自分の中で考えてることです。
兼城)
それは気になるところです。
沖縄でそういう既得権益にぶつからずに
どううまくやっていけばいいのか。
安里)
それがね、ぶつかるんだよ~(笑)
これはどこの国でもそうですが
「経済政治」とは言わないんですよ。
「政治経済」と表現する。
つまり政治と経済は表裏一体ですが、
政治が先なんです。
だから政治が良くならないと
経済は良くならない。
僕らが最大限、政治にコミットしていこうとしてるのは
政治の安定、あるいは政治の変化がない限り
規制緩和は生まれないし
次に対する投資が生まれないことを知っているから。
法律から条例から全部、政治が決める。
その枠組みの中で僕らの営みがあるわけです。
雇用もだし、すべてのルールは政治が作っている。
幸喜)
経営者はその中で勝負しないといけないわけですからね。
安里)
それを「勝手に政治が決めた」と文句を言うんじゃなくて
そこに対して関心を寄せていかないといけない。
外野で吠えたい人はそうしたらいいと思うんですが
相手にされないんですよね。
本当に変えていこうと思ったら
政治にコミットしていかないといけない。
池原)
政治と関わる中で安里さんが経営する上でのスピード感と
政治の鈍さってギャップがありすぎて歯がゆくないですか?
幸喜)
そうですよね、経営者なら1日で変えられるようなことも
政治だと1か月どころか数年かかる場合もありますよね。
安里)
法律や条例が定める仕組みそのものを
変えなきゃいけないという事情もあるんだけど
スピード感って大事だと僕は考えてますから、
もちろんギャップは感じますよね。
だから僕が関わる時は出来る限り期限を決めてネジ巻くんです。
池原)
ほおー!
安里)
公の仕事って、プロセスの美学って言われたりもするように
過程に意味があると言われるんですね。
それも一理あるんですが、
僕としてはケツ切っていきたい。
だから沖縄観光コンベンションビューローの会長をしてた時は
それを意識して動いてました。
それでできたことが、予算の大幅アップ、
前年比数倍以上をつけることができました。
これはちょっと自負できるかな。
兼城)
翌年に数倍以上って、すごいスピード感ですね。
安里)
もちろん全部、事前に業界の各部門からヒアリングして
周到に事業計画を作って裏付けとって
行政の計画を把握して動きましたよ。
結果出さないといけないし相当なリスクですけどね。
国会に参考人招致で呼ばれたりして・・・(笑)
池原)
そんなこともあったんですか!
冷や汗ものですね!
しかし、これまでの話を伺ってると
会長は資金調達がとにかく上手いと感じます。
安里)
いや、そうじゃなくてね、
「ロマンとそろばん」なんです。
ロマンだけじゃ飯が食えない。
そろばんも必要。
経営でも街づくりでもそうです。
口だけ番長では説得力がないし
お金だけでも人はついてこない。
その両方を持って世の中と向き合うんです。
そして5年先、10年先に
ここまで伸ばしたいというイメージを
漠然とでもいいので持っておかないとね
日常で満足してはいけない。
間違っても成功者気取りせずにね、
ここからどう産業や地域をリードしていくか考えてください。
褒められてチヤホヤされてるうちはね、まだ甘いんです。
周りから警戒されたり叩かれた時が
本当に存在感が出てきたと思ってください。
幸喜)
2チャンネルで叩かれまくった会長の言葉は重みがあります!
一同)爆笑
安里)
そうでしょう(笑)
上間)
僕らのレベルは本当に、今そんなところですね。
池原)
先輩たち快く応援してくれてますからね(笑)
安里)
よく覚えてるのがね、
会社の年商が40億を超えた頃に
あるフォーラムに勢いがある会社としてパネーラで呼ばれた時に
隣の財界の方に「中小企業って50億から呼ぶんですよ」って(笑)
一同)ええーっ(笑)
安里)
その規模は零細企業です、ってね(笑)
ちっきしょうと思ったよ。
池原)
安里さんにもそんな時代があったなんて
勇気付けられます(笑)
安里)
でね、それなりに売上も大きくなったところで
また経済フォーラムに呼ばれて
某大企業の会長さんが議論に追い込まれ放った言葉が
「ところで年商いくら?」(笑)
相手は何兆円と稼いでる方でしたから、
僕らの売上なんて小さい小さい。
いくら対等に議論してても
売上はその程度か、これからだなぁ!
って言われたらもう何も言えない。
まぁ見とけ、と思うしかないですよね~。
ちなみに僕もたくさんの方にお会いしますが、
20代30代でベンチャーから始めた方の中でも
口だけ番長で終わる方と
40代過ぎても頑張って成長してる方、
極端に分かれるんです。
池原)
何がどう違うんですか?
安里)
生き方ですね。
どれだけ自分に厳しくできるか。
ストイックにやれた人は伸びていきますし、
居心地のいい場所で
満足してる人は成長が止まるし。
僕はとにかく一回りも二回りも
年齢の違う先輩に食いついていきましたよ。
呼ばれたら10秒以内に行きます!ってね。
そうやって自分がジャンプしても
届かないような方についていけば
それだけ成長できます。
同年代の方とつるむのは年に1回ぐらいにして
成長できる人に会いに行く時間を作ってください。
そして皆さん、こいつがいたら革命が起きるなって
思わせるように頑張ってください!
成功なんて死ぬまで分かりませんからね、
僕も頑張ります!
上間)
まだまだできることがいっぱいあるなと思いました!
一同)ありがとうございます!





「上間弁当天ぷら店」「兼城自動車」「SUNSET FARM IKEHARA」をそれぞれ営む
上間喜壽さん、兼城力也さん、池原公平さんを迎えての座談会、第二弾!
3名の30代ウチナーンチュ後継者とともに、
同じく後継として家業を成長させてきた安里繁信が
それぞれの苦労話や取り組みについて語り合います。
「30代後継者座談会~その1~」はこちら
http://shigenou.ti-da.net/e9732647.html
「30代後継者座談会~その2~」はこちら
http://shigenou.ti-da.net/e9789931.html
●上間弁当天ぷら店webサイト https://uemabento.com/
●兼城自動車webサイト http://kaneshirojidousha.com/
●SUNSET FARM OKINAWA webサイト http://sunsetfarmokinawa.click/
幸喜)
みなさんが具体的にしてきたことを伺いたいのですが、
兼城さんは結構な額の借金がありましたよね。
すごく大変なスタートですが
どういう風に経営を変えていったんですか?
兼城)
例えば工場長に自分の部門の損益を計算をしてもらいました。
電卓をたたいて固定費出してもらって、
まずここまで売上立てないとしょうがないよねという話をしたんです。
幸喜)
えっ、それは兼城さんが入るまで計算されてなかったんですか?!
兼城)
はい、してなかったですよ!
うちの会長も現場でずっと作業してたので
経理がちゃんとしてなかったんです。
だから僕がしたのはそこからですね。
工場長もほっとくと現場作業に没頭してしまうので
僕が一緒に席に座って
強制的に経理の時間を作って徹底しましたね。

幸喜)
自分で数字を把握させて、
そこからいくら利益が出せるかを考えてもらったんですね。
報酬もわかりやすく設定したんですか?
兼城)
もちろん、計画を立てる中でちゃんと出してます。
うちはまず給料を14か月で計算して、
2か月分に賞与を組み込んだんです。
それを12か月で割れば
賞与をもらうには月にいくら
稼げばいいか把握できますよね。
幸喜)
なるほど!
やっぱりそれで各自の意識って変わりますか?
兼城)
全然違います。
その月の20日で後150万円足りない時もあれば
20日で損益分岐点を超えてることもありますが
それを分かりながら運営するのと
分からずに運営するのとでは全然違いますよね。
それをちゃんと把握して、できるだけ早い段階で
月ごとの売り上げを達成して
賞与に積み上げていけるようにしようと話しましたね。
幸喜)
わかりやすいですね!
気になる借金は返せたんですか?
兼城)
ほぼほぼ、返済を終えましたね。
幸喜)
すごい!ちなみに額は、、、。
兼城)
2億4千万です(笑)
幸喜)
池原さんは「農業という仕事に誇りを持たせる」ために
頑張ったという話をしてましたが、
具体的にはどういう活動をしたんですか?
安里会長もすごく以前から
「社員が子供に自慢できる会社にしたい」と常々おっしゃっていました。
池原さんもそういう風に、想いを伝え続けたのかな、と。
池原)
そうですね、僕が農業をスタートさせたのが11年前で
全員現場で汗水流して働いてて
それはもちろんいいことだなと思うんです。
ただ、失礼なことですが先輩方の中に
僕がこうなりたいという方や
尊敬できる方があまりいなくて。
例えば休憩所の机にはパチンコ雑誌が並んでて
休憩時間には携帯電話でゲームしてたり、
タバコの吸い殻を畑に捨ててたりして
それがすごく寂しかったんです。
僕は農業もかっこいいし面白いと思うし
みんなにもそう思って欲しかったので・・・
最初からどういう作業着にするかとか考えたり
僕より後輩には農業がいかに楽しいか伝えることを意識してましたね。
幸喜)
そういう方も意識は変わったんですか?
池原)
独立していったので今はどう思ってるか分かりませんが
今はおかげさまで僕の考えを理解してくれる後輩が入ってきてますね。
農業は個人でやってる方が多くて
法人としてやってるところは少ないですが、
全国的に徐々に増えてきてるので
本当に面白い分野だと思います。
幸喜)
関東なんかにはオシャレに農業やってるところありますよね。
池原)
ちなみに僕から質問なんですが、
安里さんの一番のピンチを
教えて欲しいです!
安里)
そうだなぁ、今でも思い出して
冷や汗が出るのは2008年。
年商60億円の県内大手問屋さんを
引き取ることになったんです。
水面下の交渉を続けて、
保証の差し替えも株の移動も終わって、
人も送り込んで再生して1か月ぐらい経った時に
その会社が沖縄での代理店的なFC契約を供給元から解除され、
供給元である本体が直接沖縄に進出することになった。
そうなると僕らが引き取った
沖縄法人の抱える売上と負債と人件費のうち、
負債と人件費だけが残ってしまう。
ましてや売り掛けも残ってる。
これを聞いた時は背中が凍りついた。
連鎖倒産、っていう言葉まで
頭をよぎりましたね。
一同)うわー・・・。
上間)
背筋凍りますね。
安里)
僕は東京にいたんですが翌日すぐ沖縄に戻って
その会社の旧オーナーさんたちから報告を受けて。
内心は冷や汗タラタラしながらも冷静な振りして
対策を話し合って。
結果、登記を戻したり従業員への対応とか、
2日で手を打ちましたね。
幸い、旧オーナーさん達が
僕らに迷惑をかけたくないと言ってくださったので
痛手を負うことなく終わらせることができました。
池原)
誠実な対応をしてもらえたんですね。
それにしても100億円規模ですよね・・・恐ろしいです。
安里)
社員が動揺しないように
うちの社内にもあまり話さなかったですね。
僕が動揺してたから(笑)
幸喜)
会長が動揺した話は初めて聞きました!
安里)
1か月のうちでこんなことが起きるんだから、
いつ何があるか分からないよなぁ!
外資なんて、僕の人生に出てくる予定なかったよ(笑)

安里氏がトラック運転手だった頃の写真

池原)
やっぱり長く経営してると
ピンチは他にもありましたか?
安里)
僕の場合は比較的早く社長職を引いたので、
それ以外に大きな危機はなかったね。
これは性格ですが、ある程度会社が軌道に乗ったら
あとは興味ないんだよね。
幸喜)
会長は難局を切り開いていくタイプですもんね、
会長の手を離れたということは安定経営ということでしょうか(笑)
上間)
ずばりお聞きしたいんですが、
安里さんこの後なにをされるんですか?
いろんなところに顔を出されていますから、
政治をやるのかなぁと思って見ているのですが。
安里)
僕!?なんで僕が政治やるの(笑)
池原)
そういうわけではないんですね~。
今やられている具体的な活動はなんですか?
安里)
うーん、なんなのか考えながら活動してる(笑)
兼城)
動いてはいるけど定義はできていないという感じですか?
安里)
定義は決まってるんだよ、
「僕でならなければならない理由が存在するか」
そこに理由があれば業種業界問わず行きますね。
観光を含め経済政策にもコミットするし。
世の中に影響力のある存在にならなければ
世の中は変えられないし
インパクトの小さい企業でも変えられない。
社会を変えたいと思うなら
より存在感と影響力を身につけなきゃいけない。
だから強いて言うなら今やっていることは
その位置に自分が立てるか、にチャレンジしてる。
幸喜)
具体的に「これをしてから影響力が増したな!」と感じた経験はありますか?
安里)
えっとね、28歳で宣伝を立ち上げた頃が
ちょうど太田県政から稲嶺県政に変わる時だったんですが
僕は稲嶺側の青年部長だったんです。
そこで、稲嶺県政にしないと沖縄の経済は持たないぞ、
と商工会とかを回って説得したり仲間を作ったりしてたんです。
幸喜)
それはどういった理由から応援してたんですか?
安里)
うちの親父が一番最初に企業と契約したのが
琉石冷蔵(現りゅうせき低温流通)だったからね。
幸喜)
なるほど、そこで選挙というものを近くで見たんですね。
池原)
最初に関わったのが市町村とかじゃなくて
県知事選ということですよね。
それもまたすごいです。
安里)
ビジネスでもなんでもそうですが、
自分じゃなきゃやれないことじゃなければ
意味がないと思ってて。
この選挙の応援も求められて
応じる意味があると確信したから
関わらせていただきました。
そうじゃなきゃ家に帰って
子供と遊んだほうがいいですからね。
池原)
ということは、逆に言うと必要を感じるタイミングがあれば
ご自身が政治にチャレンジするということですか。
安里)
そうですね、誰かの代わりではやりたくないですね。
とにかく、社会や業界に
コミットしていこうと思ったら
自ら政治・経済・社会の活動に
飛び込んでいくことが必要。
例えば孫正義さんも政治にコミットしているよね。
松下幸之助もそうです。政経塾を作ったでしょう。
上間)
政治の枠組みの外で何か言っても体制を変えられないということですね。
最近そういうことを少し感じます。
幸喜)
上間さんとこぐらいの売上になると感じられるようになるんですね!
上間)
いやいや(笑)
ここからどこに舵を切ろうかと考えた時に
どこを向いてもその壁があるというか。
だから腹を決めて政治の中にも
入っていかないといけないのかなと
感じていました。
安里)
そうですね、商売をするにしても目の前の損得よりも
政治力を持つ方がある意味、近道だったりするわけです。
入ってくる情報量も違ってくるでしょうし。
決して「政商」的な、癒着のような意味ではないですよ(笑)。
上間)
なるほど、
先日、とある社長の会合に誘っていただいたんですが
参加されてるほとんどが60代以上の経営者の方で
そこには政治家の方も参加しててつがなっていて。
そういう社会があるんだと肌で感じたんですが、
僕らみたいな若い世代が
沖縄でどんどんパイを広げていきたいと思った時に
いずれそことぶつかるのか、
もしくはぶつからないように
やっていくことを考えないといけないのか、
そこが今自分の中で考えてることです。
兼城)
それは気になるところです。
沖縄でそういう既得権益にぶつからずに
どううまくやっていけばいいのか。
安里)
それがね、ぶつかるんだよ~(笑)
これはどこの国でもそうですが
「経済政治」とは言わないんですよ。
「政治経済」と表現する。
つまり政治と経済は表裏一体ですが、
政治が先なんです。
だから政治が良くならないと
経済は良くならない。
僕らが最大限、政治にコミットしていこうとしてるのは
政治の安定、あるいは政治の変化がない限り
規制緩和は生まれないし
次に対する投資が生まれないことを知っているから。
法律から条例から全部、政治が決める。
その枠組みの中で僕らの営みがあるわけです。
雇用もだし、すべてのルールは政治が作っている。
幸喜)
経営者はその中で勝負しないといけないわけですからね。
安里)
それを「勝手に政治が決めた」と文句を言うんじゃなくて
そこに対して関心を寄せていかないといけない。
外野で吠えたい人はそうしたらいいと思うんですが
相手にされないんですよね。
本当に変えていこうと思ったら
政治にコミットしていかないといけない。
池原)
政治と関わる中で安里さんが経営する上でのスピード感と
政治の鈍さってギャップがありすぎて歯がゆくないですか?
幸喜)
そうですよね、経営者なら1日で変えられるようなことも
政治だと1か月どころか数年かかる場合もありますよね。
安里)
法律や条例が定める仕組みそのものを
変えなきゃいけないという事情もあるんだけど
スピード感って大事だと僕は考えてますから、
もちろんギャップは感じますよね。
だから僕が関わる時は出来る限り期限を決めてネジ巻くんです。
池原)
ほおー!
安里)
公の仕事って、プロセスの美学って言われたりもするように
過程に意味があると言われるんですね。
それも一理あるんですが、
僕としてはケツ切っていきたい。
だから沖縄観光コンベンションビューローの会長をしてた時は
それを意識して動いてました。
それでできたことが、予算の大幅アップ、
前年比数倍以上をつけることができました。
これはちょっと自負できるかな。
兼城)
翌年に数倍以上って、すごいスピード感ですね。
安里)
もちろん全部、事前に業界の各部門からヒアリングして
周到に事業計画を作って裏付けとって
行政の計画を把握して動きましたよ。
結果出さないといけないし相当なリスクですけどね。
国会に参考人招致で呼ばれたりして・・・(笑)
池原)
そんなこともあったんですか!
冷や汗ものですね!
しかし、これまでの話を伺ってると
会長は資金調達がとにかく上手いと感じます。
安里)
いや、そうじゃなくてね、
「ロマンとそろばん」なんです。
ロマンだけじゃ飯が食えない。
そろばんも必要。
経営でも街づくりでもそうです。
口だけ番長では説得力がないし
お金だけでも人はついてこない。
その両方を持って世の中と向き合うんです。
そして5年先、10年先に
ここまで伸ばしたいというイメージを
漠然とでもいいので持っておかないとね
日常で満足してはいけない。
間違っても成功者気取りせずにね、
ここからどう産業や地域をリードしていくか考えてください。
褒められてチヤホヤされてるうちはね、まだ甘いんです。
周りから警戒されたり叩かれた時が
本当に存在感が出てきたと思ってください。
幸喜)
2チャンネルで叩かれまくった会長の言葉は重みがあります!
一同)爆笑
安里)
そうでしょう(笑)
上間)
僕らのレベルは本当に、今そんなところですね。
池原)
先輩たち快く応援してくれてますからね(笑)
安里)
よく覚えてるのがね、
会社の年商が40億を超えた頃に
あるフォーラムに勢いがある会社としてパネーラで呼ばれた時に
隣の財界の方に「中小企業って50億から呼ぶんですよ」って(笑)
一同)ええーっ(笑)
安里)
その規模は零細企業です、ってね(笑)
ちっきしょうと思ったよ。
池原)
安里さんにもそんな時代があったなんて
勇気付けられます(笑)
安里)
でね、それなりに売上も大きくなったところで
また経済フォーラムに呼ばれて
某大企業の会長さんが議論に追い込まれ放った言葉が
「ところで年商いくら?」(笑)
相手は何兆円と稼いでる方でしたから、
僕らの売上なんて小さい小さい。
いくら対等に議論してても
売上はその程度か、これからだなぁ!
って言われたらもう何も言えない。
まぁ見とけ、と思うしかないですよね~。
ちなみに僕もたくさんの方にお会いしますが、
20代30代でベンチャーから始めた方の中でも
口だけ番長で終わる方と
40代過ぎても頑張って成長してる方、
極端に分かれるんです。
池原)
何がどう違うんですか?
安里)
生き方ですね。
どれだけ自分に厳しくできるか。
ストイックにやれた人は伸びていきますし、
居心地のいい場所で
満足してる人は成長が止まるし。
僕はとにかく一回りも二回りも
年齢の違う先輩に食いついていきましたよ。
呼ばれたら10秒以内に行きます!ってね。
そうやって自分がジャンプしても
届かないような方についていけば
それだけ成長できます。
同年代の方とつるむのは年に1回ぐらいにして
成長できる人に会いに行く時間を作ってください。
そして皆さん、こいつがいたら革命が起きるなって
思わせるように頑張ってください!
成功なんて死ぬまで分かりませんからね、
僕も頑張ります!
上間)
まだまだできることがいっぱいあるなと思いました!
一同)ありがとうございます!




Posted by 安里繁信 at 13:11│Comments(0)
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